自己愛性人格障害(348)動機と目的 その3
2000年に「豊川市主婦殺人事件」という事件があった。17歳の少年がたまたま通りかかった家に侵入し、在宅だったその家の主婦を殺した事件である。2014年には「名古屋大学女子学生殺人事件」があった。19歳の女子大生が宗教の勧誘で知り合った女性を殺害した事件である。この犯人はそれまでも高校時代に食事に毒物を混入させ男子学生を殺そうとした前歴があった。同じく2014年には「佐世保高1女子殺害事件」15歳の女生徒が同級生を殺害し死体を切断。名古屋大学生の事件と同様、過去において給食に毒物を入れたり、父親を金属バットで殴打するなどの前歴があった。
映画「エスター」は、ネタバレをすると9歳の子供だと思っていたエスターは、実はホルモン異常で実際は33歳の大人の女性だったという設定である。子供らしからぬ狡猾さと残忍さが、実は大人だったという事で観客に説明がなされている。様々なレビューを読むと「子供にしては・・・大人だと知って納得」というものもあった。これが世間一般の認識かもしれない。しかしワシは、この映画の設定としてエスターが実は大人だったという部分は蛇足であったと思う。メアリーベル事件を筆頭に、冒頭で挙げた殺人事件が全て少年少女であったことからも、9歳の子供があのような人格であっても違和感はない。
事件は背景に様々な人間模様が絡んでおり人間の業を知る意味で興味深い。家族親族間の殺人は、かつて普通の殺人より罪が重いという時代があった。しかし殺人するくらいの強い理由は、それが生じるくらい関係が深くないと起こりえないのではないか。実際に殺人事件の半数以上は親族間で起きているという統計がある。いずれにしても、殺意が生まれる程の深い人間関係がないと事件は起きないだろう。それは男女関係のもつれであったり、お金であったり、積年の恨みであったり、理由は様々であろうが、動機としては納得出来るものである。仮に人間関係が深くなくとも、例えば強姦目的で襲い騒がれたのでつい殺したというのも、共感は出来ずとも、理由と結果の因果関係としては理解できる。
では、9歳の子供、あるいは冒頭で羅列した少年少女たちに、そこまでの人間関係があったのか。殺人に至るような理由があったのか。豊川市主婦殺人事件や名古屋大学女子学生殺人事件は全くの他人を殺害している。そこに我々が納得や理解出来る理由があったのか。彼、彼女たちは何を目的として殺人を犯したのか。逮捕後の三者の動機として共通しているものがある。いわく「人を殺してみたかった」。
豊川市事件の犯人は「殺人の体験をしてみたかった」「未来のある人は避けたかったので老女を狙った」と、たまたま通りかかった家に侵入し犯行に及んだ。被害者とはそれまで一面識もない。名古屋大学女子学生の事件の犯人は「子どものころから人を殺してみたかった」「殺すのは誰でもよかった」、佐世保事件の女の子は「中学生の時から殺人欲求があった」「(中学の頃から繰り返し行っていた猫の解剖を)人間でも試してみたかった」と、それぞれ供述している。そこに人間的営みや業を感じさせる理由などなく、人を殺す、それ自体を目的とした動機であった事が伺える。
なぜエベレストに登るのか?
「そこに山があるから(Because it’s there)」
何故、殺害に及んだか。
「人を、殺してみたかった」から。
(続く)
ほんとに自己愛面の論理って同じ | 2018.02.14 10:19
人として超えてはいけない一線を平気で踏み荒らすのが自己愛
野生動物でさえ昆虫でさえ殺してみたかったから殺したイジメてみたかったからイジメたという理由でやったりしない
それを自己の一時の享楽を満たすため欲望を満たすために平気でやるのが自己愛