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自己愛性人格障害(356)大袈裟かしら

ツイッターでこまごまと書いているのが楽で、なかなかまとまった文章としてブログを更新出来ていないが、今でも人格障害の後遺症に悩まされ、対策として具体的に動いている。書きたい内容は山ほどあり、記録としてきちんと残しておかねばならないと思っているが考えがまとまらない。このブログは当初、人格障害者ウッキーの不可思議な言動が人格障害に由来するものであるという事に気付いた点が出発点となっている。その後、人格障害者ウッキーのネタが尽きた頃に、またぞろ次々と人格障害が現れる。最近では、まさか自分がストーカーされるとは思ってもみなかったが、人格障害者キョショーという頭のおかしな奴が現れた。まさに世に悪の種は尽きず、世に人格障害者は尽きまじ。

このブログでは人格障害がいかなるものか気付いた事を「扉が開く」と表現している。ワシの友人は扉が開いている人なのだが、それでも尚、再度人格障害の被害に遭遇している。「あなたのブログを何度も読んでいるのに、それでも気付かなかった」と人格障害の被害だという気付きが困難なことを思わせる。そしてワシ自身、重い過去を背負っているのだが、それもまた人格障害に拠る被害である事に気付いたのは、このブログを立ち上げて数年後の事であった。薄っすらと感じてはいたのだが、確信したのはずっと後の事である。これだけ人格障害の事について書いているワシですらそうなのである。一度扉が開いたから次は大丈夫かと思いきや、それでも尚、気付かないまま、まるで、詐欺に遭った人が再び同種の詐欺に遭うような現実がある。

ワシがブログやツイッターで人格障害の事を書く動機は、まさにこのような悲惨な被害を食い止めたいという点にある。たかが私人の一ブログの影響など軽微であろうが、それでも世の中に人格障害者という存在を広め、認知させたいという思いは、自分自身を鑑みて強く思うのである。何故ならワシがかつて現在のような知識と経験があれば、少なくとも過去のいくつかの被害は早期に気付いて対処出来たという後悔があるからである。そして、このワシの経験知はワシ自身の過去に対処出来ずとも、他の人の役に立てば非常に嬉しいし、時間をかけて書いている甲斐があるというものだ。

ワシは商売でこのブログを書いているわけではない。ワシの希望は、世の中の人がこんなブログなど別世界の事になり誰もアクセスしなくなることである。しかし残念ながら関連ワードを検索して閲覧してくれる人が絶えない。過去にコメントを寄せてくれていた人たちの中には、今はご無沙汰している人も大勢いる。そういう人たちは無事に人格障害の被害を昇華してくれたのかと嬉しくなる。一方で新たに参加してくれる方もいて、まさに世に悪の種は尽きず、世に人格障害者は尽きまじ。

そしてワシがこのブログを書くことに興味がなくなる日が、ワシ自身が人格障害者から解放された時である。今そのために動いているが、それが希望通りの結果になるのか、それとも新たな呪縛が生じるのかわからない。ただ言えるのは、現状を打開する必要がある、という事だけは確かだという事である。

生徒会長だったワシは、高校卒業時に文集に卒業生代表で挨拶文を書くことになった。そこでワシは「人生の半ばに」というタイトルの文章を書いたのだが、先生から「17歳で半ばとは何事か」と却下されてしまった。太宰治が30代で「晩年」を書いたように、当時のワシも何となく30歳以上の自分が想像出来なかったのである。それから数十年、何となく生き長らえて今年46歳になる。残りの人生をどのように過ごそうかと改めて考えた時に、残りの人生は嫁さんに捧げる事にした。ワシはもう欲しいものもなければ、やりたい事もない。普通の人には出来ない経験を多くさせてもらい、今死んでも人生に悔いはない。だから残りの人生を嫁さんの幸福のために費やしたい。そして嫁さんの幸福がワシの幸福でもある。そのための大きなワンステップとして、無事、ワシが望み通り人格障害に興味がなくなる日が来たとしても、これまで書いてきたことは消えず、経験知はワシの中に残る。なので、嫁さんのために費やす人生の一部を、人格障害者被害の予防救済に少し割こうかなとも思っている。大袈裟かしら。

Posted on 2018-05-31 | Category : ブログ | | 1 Comment »
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コメント1件

 ロッドユール | 2018.06.01 20:34

ご無沙汰しています、ロッドユールです。
コメントは久しぶりですが、いつも閲覧させて頂いていますよー。

現在はほとんど姑の事を考える事も口に出す事も無くなっています。
これがせんちさんが仰る無事に人格障害の被害を昇華出来ているという事になるのでしょうか。
夫も姑の事に関しては扉が開いたようです。
発達障害であったりチック症であったりした息子を治療もせず成人させて金蔓にしていた人間とは親でも子でもないと言ってサバサバしています。

ただ、扉が開く以前の自己愛の友人からの被害については思い出すと口惜しくて気分が悪くなる時があります。
ダブルバインドに苦しめられました。
あの当時扉が開いていたら、対処も出来たであろうし、もっと早く縁を切る事が出来ていたであろうにと思います。

でこぽんの法則は自己愛被害で悩む人たちの駆け込み寺のようなサイトになっている気がします。
せんちさんが人格障害者たちを叩きのめそうとなさっている事、扉が開いた者として応援させて頂きますね。

それと、可愛い奥さまと末永くお幸せに!

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