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自己愛性人格障害(420) 江川の孤立 1

ワシは江川卓の現役時代は知っていても高校大学時代は知らない。当時を知る人たちの間では、作新学院時代の江川は高校生としては飛び抜けた才能だったと今でも話題になる。新聞の記事は勝っても江川、負けても江川、インタビューは江川に集中、他の部員にインタビューしても聞かれるのは江川の事。次第に江川と他の部員との間に溝が出来て、ナインの心はバラバラだったという。江川は言う「卒業以来、当時の野球部員は一度も集まっていない」。

江川は法政大学に進学し六大学野球で活躍、歴代2位の勝利数を記録する。しかし、星野仙一が晩年まで大学時代の思い出を楽しそうに語っていたのと対照的に、江川の口から大学時代の話はほとんど聞かない。江川の代の法政は全日本のメンバーが名を連ね、上級生を差し置いてレギュラー候補が一年生に揃っていた。「無意味なシゴキとイジメの時代で当時の事は話したくない」。引退後に山本浩二とテレビで共演した時に、妙によそよそしい雰囲気で、学年が重なっていないものの、法政の先輩後輩なのに交流がなかったんだなと思った。

今の江川を見ていると、作新学院とも法政とも、そして巨人とも距離を置いているような気がする。いずれも良い想い出がないのだろう。もちろん良い想い出もあるだろうが、それを覆う思い出したくないことの方が多いのだろう。江川は、その図抜けた才能で常に周囲から孤立していた。

かくいうワシも、新潟大学の弓道部で4年間過ごし、大学を卒業したのが1996年だから、23年経った今、数人を除き当時の仲間とはほとんど交流がない。なぜかと言われると明確な理由に困るが、ひとつは同期の桜井一哉という人格障害者が原因であることは間違いない。

あの時代の空気を当事者以外に説明するのは難しい。新潟大学弓道部は大きな弓道場を有し、一学年当たりの部員の数も多かった。人数が多ければ当然、特別仲の良い奴、ただの同期というだけの奴、そして仲の良くない関係が生じるのは仕方がない。ワシとて気に入らない奴はいたことは否定しない。だからといって、そこは皆が同じ目標に向かって切磋琢磨する場であるので、それをあからさまに表に出すようなことはしないし、気に入らないといって、別に仲良く付き合うわけでもなく、弓道場だけの付き合いで構わない。それが許される人数であった。その唯一例外が桜井一哉であった。気に入らないという感情を皆にわかるようにアピールするのみならず、実際に嫌がらせまで行なっていたのは桜井一哉ひとりである。一生に一度しかない美しい想い出となるべき大学時代にこんな奴のターゲットとなったワシは不幸としか言いようがない。

精神的な嫌がらせについては以前書いた。
(363) モラハラ 不機嫌アピール

そしてコイツがしていたのは何も精神的な嫌がらせだけではない。弓道経験者でないとわからないかもしれないが、練習を始めるにあたって的を設置する作業がある。射場から位置を確認し、適切に的を設置する作業である。ワシが「もう少し上にしてください」と射場から指示すると、桜井はわざと極端に上にあげる。ワシが「もうわずか叩いてください」と指示すると、わざとらしく殴るポーズをして的を上から叩いて極端に下にさげる。要するに嫌がらせなのである。また、乱射と呼ばれる自由に的に向かって矢を放つ練習は、定期的に的場にたまった矢を抜いて戻さねばならない。矢を取りに行った桜井は、ワシの矢だけ抜かずに戻ってくるのである。これらは全てオフの場面でなく、弓道場での練習中の話なのである。

大学に来てまで人格障害者のターゲットとなったのは不幸であるが、ワシはそういうのに構っている時間が勿体ないくらい弓道に夢中になっていた。中学生のイジメだったら同調する奴もいたのだろうが、このような嫌がらせをやっていたのは桜井ひとりで、その他の仲間とは普通に接していたし、周囲もアイツらは仕方ねえなと思って放置していた。嫌いアピールを周囲にするということは、桜井としては皆にも同調して欲しかったのだろうが、そのようなガキじみた奴はいなかった。むしろ皆、ワシらの異常な関係に気を使ってくれていたように思う((238) 恐ろしいほどの無自覚 その1)。なにせ同じ部活で4年間過ごしただけに全員が共通の知人である。大勢の仲間の中で、単に桜井だけが目に見える形でワシに敵意を表していたに過ぎない。

それにしても不思議だ。きっかけは何かあったのだろうが、それが4年間に渡り嫌悪感を持続させ、周囲に嫌いアピールをし、練習中にも関わらず嫌がらせをする程のものだったのだろうか。一体何をして奴をそこまで憎悪かきたてたのだろうか。ワシがそれに値する何をしたのだろうか。1992年に入学して弓道部の門を叩いてその直後すぐからなので、それほど深い原因となる何かがあるはずがない。明らかに「それ」は、その後に醸成されたものである。次回は「それ」について考察していきたい。

Posted on 2019-05-07 | Category : ブログ | | 2 Comments »
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コメント2件

 でらせるな | 2019.05.07 8:16

おはようございます

ブログを読んでいて
ふと私の中学校時代の事を思い出しました

あるテストの解答で
耳で聞き憶えていた答えを、ひらがなで書いた
●●はっせん、というなにかの名称だった
結果おもいっきりばつ印だった

え?なんで?あってるっしょ?
漢字で書いてないからか?と思ったが
成績に興味のない学生だったので
わざわざ先生に確認もせず
教科書も確認せず
そのまま忘れてた

その後、先生から妙に絡まれ始めた
授業中にも、あからさまに差別されはじめ
ほかの生徒も「なんで、でらせるなを目のカタキに?」
と不安そうだった

そののち、偶然ある事に気がついた
先生(中年女性)は、
高橋さんのことを
タカハッさん。と発音していたのだ‼︎
それで謎が解けた
●●はっせん、とは●●端線だったのだ

先生は、わたしが先生の発音をからかって
テストに書いたと思い込んだのだろう
一方的に憎悪を募らせたようだ

考えてみれば、馬鹿げている話だろう
わたしは反抗的な生徒ではなく
ごく一般的な生徒だと自分では思っていた
(他人がどう見ていたかは別として)
それをワザワザ、テストで?
先生をからかうものか
意味がわからん

いじめられる理由がわかってスッキリしたと同時に
この中年おんなに腹がたった
こんな愚かな女でも教師かよ?と思ったものだが
人に憎まれる理由は、あくまでも先方さん都合なのだな
と、妙に納得した出来事。青春の思い出。

 せんち | 2019.05.08 1:37

>憎まれる理由は、あくまでも先方さん都合

おお、まさにその通りです。
自分を卑下する必要はありません。
先方さんの都合。


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