自己愛性人格障害(049) わたし、責任あるから~
自己愛性人格障害者は責任感が皆無と言ってよい。
責任はすべて他人になすりつけ、ウソをついてその場を逃れる。
そのくせ、所長とか管理者とか統括とかPTA会長とか、
そういう肩書きを欲しがる。
責任感が皆無なのに責任ある立場、正確には肩書きだけを欲しがる。
そして人格障害者ウッキーが人格障害者な点はは、
本当に自分の責任だったらウソをついてでも他人に転嫁するくせに、
責任をとらなくて良いと判断した場面では、
「わたし、責任あるから~」と、
自分がさも責任感あるかの如くアピールする点である。
その時の状況を見て、責任が来そうなら、他の人になすりつけ、
責任とらなくて良さそうなら、わたし責任あるからというのである。
本当に責任とらなければいけない場面では、
ウソをついて他人のせいにして逃げるくせに、である。
さて、前回「自己愛性人格障害(48) 採用面接」で書いたように、
この人格障害者ウッキーが連れてくる人、採用した人、
ことごとく人格障害者ウッキーと合わずに退職していった。
人格障害者ウッキーが言うには、
採用した自分、連れてきた自分に否はなく、
退職していった人たちが悪いという。
さて、そんな中、まぁ使える人材がひとり入社してきた。
これもまた、人格障害者ウッキーが連れてきた人材である。
これは「自己愛性人格障害(46) 自分より出来る社員を退職に追い込む」に出てくる、
人格障害者が辞めさせた西村さんの代わりに来た人物。
高根弘明である。
高根は、資格こそ最低限のものしか持っていなかったが、
業界経験者だけあって手際良く、既にいる社員の評判も良好。
性格も真面目で責任感もある。
なにより、人格障害者ウッキーの時に感じる違和感が、
高根と話している時にはない。
繰り返しになるが、
今まで人格障害者ウッキーが連れてきた人、採用した人、
すべて人格障害者ウッキーの事が気に入らんと言って辞めていっている。
はっきり「わたし人格障害者ウッキーが嫌いだから辞める!」と言って退職した人もいた。
しかし、人格障害者ウッキーは自分が悪いなどという考えはもちろん皆無で、
「来る人がよくないから~」と責任転嫁。
ところが、この高根さんは今までの人と違った。
そして高根が「使える」と踏んだら、今まで事はす~っかり忘れて、
「わたしが高根さんを連れてきたんだから、わたしに責任あるのよ!」
と嬉しそうにアピール。
つまり人格障害者ウッキーはこういうふうに言いたいのである。
1) 高根さんが会社に貢献しているのは、連れてきた私の手柄
2)私は責任感ある
要は、高根を自分のアピールに使っているだけなのである。
それ以前に、人格障害者ウッキーのせいで退職していった人達が、
高根の後ろに死屍累々と横たわっているにも関わらずだ。
退職していった人たちは、そいつらが悪い。
良い人材は、自分の手柄。
ところで「わたしが高根さんを連れてきたんだから、わたしに責任あるのよ!」
これどういう意味だろう。
どういう責任を指しているのだろうか。
高根を雇用して給料を出しているのは会社であり、社長のボクである。
人格障害者ウッキーは一介の社員に過ぎない。
あ、そうか、この身体障害者の人格障害者ウッキーの前頭葉に欠損のある脳内では、
会社に300万円出資していることになってるから、 そのことか?