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小説「例の音」

若い頃、本気で小説家になりたいと思っていた時期があって、
約20年前にワシが書いたショートショートを一篇、
人格障害とは全く関係ないんですが、
昔の恥は書き捨てなんで読んでみてください。
にゃっは~

*****
「例の音」

 【夫の証言】
私は、毎日、車で約1時間のところに通勤しております。妻は専業主婦で、いつも家におりますので、淋しがるといけないと思い、なるべく早く、帰宅するようにはしているのですが、なにぶん、仕事が忙しいもので。
それにしても何ですな、隣の奥さんなんかは、ダンス教室と英会話に通っていて忙しいくらいだし、向かいの奥さんは、自宅でピアノ教室を開いている。その点、私の妻は、人と交わりたがらない上に、無趣味ときている。 私としては、もっと、近所づきあいも大切にやってもらいたいと思っているのですよ。
ある晩、私は言ったのです。
「なあおまえ、俺の立場もあるし、近所の奥さんたちとも親しくしてくれよ。たまには井戸端会議に付き合うとかさ。なんなら受講料ぐらい出してやるから、おまえもやるか?」
「何をよ」
「英会話だよ」
「ばかなこと言わないでよ。本気で私がそんなことやれると思って?」
まるで興味がないといったふうに、そういうのです。確かに、そういうことは似合わないのは、私も分かっていました。
ですから、小説に興味を持って、毎晩読んでいると聞いたときには、少しほっとしましたよ。

【妻の証言】
 私がそれに気付いたのは、ある秋の晩でした。最初は、ただの偶然、自然のいたずらだと思っていたのです。それが、毎晩のように規則的に続くに至って、それが意図されたものであると確信したのです。私の夫は、車で一時間以上かかる市中に勤めており、いつも帰宅が深夜近くになります。私は、それまで掃除をしたり洗濯をしたり、夜は、夕食やお風呂の準備などをして、夫の帰りを待つのです。
そんな家事に追われる毎日ですが、そんな生活にも、唯一、楽しみがありました。それは小説を読むことでした。
買い物以外に家を出ることが少なく、また親しい友人のいない私にとって、大袈裟に言えば、小説だけが、外の世界への憧れを満たしてくれたのです。
もちろん、家事をぬっての時間をそんなに割くことはできませんので、ある約束事を自分で決めました。
それはロウソク一本分、ということです。
家事が一段落ついたところでロウソクに火をともし、小説の世界に入り込みます。そして、すべて消えてしまったら、その日は終り、家事に戻ります。
日によっては一旦消して、再度火をつけるといったふうに、分けて読むこともあります。
ロウソク一本分。
これが私の毎日の、そして唯一の楽しみなのです。

その日も、同じように夫の食事の準備のみを残し、すべて終えたところで、ロウソクに火をともしました。そして、昨日の続きの小説を読み始めたのです。しばらく読み進めるうちに、つい夢中になり、気付いた時には、ロウソクは、もう半分程になっていたでしょうか、顔をあげ、目のまわりを指で押さえて、疲れ目を癒しました。
その時です。
・・・こんこん
壁を叩く音がするのです。
私は、木の枝が風になびいて、外の壁に当たっているのだろうと思い、その日は、ロウソクが消え終るまで読書にふけりました。
ところが、その次の晩、やはりロウソクが半分程になりかけたところへ、
・・・こんこん
壁を叩く音がします。
それが、それから一週間、続きました。ロウソクが七本減っているので、間違いはありません。

【夫の証言】
ある時、私がいないときに妻が何をしているか気になり、仕事が早く終わった時に、こっそり、裏庭から、窓をのぞいたことがあります。
妻には、十一時をまわると言ってあるので、その頃合を見計らって戻れば良いのです。
妻はロウソクをつけると、そのまま机に向かって本を読み始めました。
妻は、元来、きちんとした性格の女です。そこを気にいって、妻に向かい入れたのです。
しかし、人の目がないと、ついだらしなくなるものですな。やはり妻も人の子です。誰も見ていないと思って、そこらへんにごろりと横になると、そのまま本を読み始めました。
さらに観察を続けると、妻は本を片手で持ったまま、もう片一方の手で、背中をぼりぼりと掻きだしたのです。  もちろん、それを咎めるつもりはありません。人間ですから痒くなることぐらい当たり前です。
しかし、その姿のみっともないことといったら、あれが普段、私と接している同じ女でしょうか。
私は、妻の隠れた資質に幻滅を覚えつつも、心の奥では「あれもただの女だった」という妙な安心感が芽生えました。そして、この覗き見に、なんとも言えぬ快感を覚えました。
妻は、まさか私が毎晩早く帰って自分を観察しているとは思ってもいず、本性の赴くままに行動するのです。

例えば、こんな事がありました。
本に夢中になると、そこから目が離せなくなるのが、妻に限らず、読書家のくせであるようです。
鼻をむずむずさせたかと思うと、右手の人さし指を鼻の穴に奥深く突っ込み、指の先をぐるりとひとまわりさせ、中から大きな鼻くそを取り出したのです。
さらにそれを、くるくるまるめて、ピンと飛ばすのです。
これらの行為を、まったく活字から目を離さないままで、するのですよ。
もちろん、私が帰る頃には、そのへやはきちんと掃除され、鼻くそもかたづけられています。どうせ後から掃除をするのだから、という気持ちが、あのような行動をとらせたのでしょう。
私は、そんな妻の姿を見てますます嬉しくなりました。

もう一つ、私が気付いたことがあります。
それは、読書の最中に、必ず、おならをプップッとすることです。
私は、笑いをこらえるのに必至でした。
まれに、おならやゲップを自由に出せる人がいる、ということですが、妻はどうもそれらしいのです。毎日決まったように、プップッ、と屁をひるのです。
あたかもそれは、一つの儀式であるかのように正確でした。

【妻の証言】
 8日目、私は、ある実験をしました。
ロウソクをつけないで、部屋を真っ暗にしたままその時を待ったのです。
私は部屋のすみに身をひそめて、じっとしていました。
どれぐらいたったでしょうか、うとうとしかけたところへ、物音で目が覚めたのです。
・ ・・こんこん
いつもと同じ調子で、こんこんと2回。
例の音です。

その夜、私は、気味が悪く、夫に相談しました。
「それは思い過ごしだよ。きっと、ネズミか何かの仕業じゃないのかい」
夫はそう言って、大きなあくびをしました。
「ねえ、それでも、同じ調子で毎日なのよ。 絶対に偶然なんかじゃないわ」
「そんなこと、気にしなけりゃいいじゃないか。君に直接被害があるわけじゃないんだろう。明日早いんだ、おれは寝るよ」
そう言うや、夫は、すぐにいびきを立て始めました。
こんなこと相談しても、誰もとりあってくれるはずがない。こうなったら自分で犯人を見つけてやろう、そう決心したのです。

【夫の証言】
ああ、言い忘れました。私は、生来の記録マニヤでして、日記には、その日に飲んだ酒の量、通便の回数、夫婦生活の回数、すべて記録しなければ気が済まぬのです。そして、このクセが、妻の観察中にも現れてきました。
あんなに毎日、屁をひることができるなんてすごい、一体、いつまで続けることができるのか、興味が沸いてきました。
そこで、私は、白墨で家の外の見えないところに「正」という字を、おならの回数だけ書くことにしました。
妻の屁は、一週間続き、私は、その度に、 白墨で記録していきました。
さて、いつものように、私は、隠れて妻の部屋を覗きました。もうベテランの域に達した私にとって、見つからないように定位置につくことは、とてもたやすいことでした。
ところがどうです、部屋は真っ暗で誰もいない様子なのです。
私はがっかりしました。なにより、記録が途絶えたことが、残念でなりませんでした。
私は今まで重ねてきた「正」の横に×と書きました。

【妻の証言】
 次の日、私は、同じ様にろうそくを立てました。ただ、本は読まずに庭の鉢植えの影に隠れて、自室の壁を外から眺めることにしました。私が、部屋で本を読んでいると勘違いをして、きっと現れるに違いない、そう考えてひたすら時間が経つのを待ちました。
秋の夜は、風が強く寒さが厳しい。私は、苦痛を感じましたが、しかし、毎晩窓を叩く犯人を知りたいという好奇心のほうが強かったのです。
しばらくすると雨が降ってきました。私は傘を持っていませんでしたので、急いで玄関に行きました。傘をさしてまでも待とう、 今日こそはどこまでも付き合うつもりでした。
玄関に入って傘立てから一本抜き取ったその時です。私の部屋の方から物音がしました。
・ ・・こんこん
例の音でした。

【夫の証言】
私が記録をつけ始めてから、たびたび妻は部屋にいないことがありました。
真っ暗にしているか、明りがついていても部屋を空けているか。そういう時には残念ながら×と記録するしかありません。
一度ならず相談を受けたのですが、何故か夜中に部屋の壁を叩く物音がするというのです。どうやら、小説よりも、そちらの犯人捜しの方に興味がいっているようです。
妻には言えませんが、私はずっと外におりますので、不審な人物はいないと断言できます。私以外の何者もそこにはおりません。
最初は、まったく気のせいだと思っていたのですが、それなら一度、ということで、私は妻に頼まれて、しぶしぶその犯人捜しに付き合うことになりました。
その晩、私と妻は、庭の茂みに隠れてじっと部屋の方を注意していました。
こういう覗き趣味は初めてだというふうを装い、わざと手際を悪くしたりして妻を欺きました。一体、私と同じ趣味を持つ人間がいるとしたら、どんな奴だろう、と興味はありました。
風一つ無い静かな夜、物音がすればすぐに分かります。ところが、残念なことにその晩とうとう犯人は現れませんでした。
「やっぱり気のせいじゃないのか?」
「ううん、そんなはずはないわ。でも初めてよ、あの物音がしなかったのは」
「わかったよ。これからもまだ続くようだったら、警察に連絡するよ」
「お願いね。なんだか落ち着かないから」
と、不安そうにいった。
「じゃ、私、先にお風呂頂きますわ。」
私は、心の中でほくそ笑みました。
「なにが、頂きますわ、だ。普段、俺がいない時の事を知ってると分かったら、驚くだろうな」

次の晩、私は、もはや習慣となった妻の観察、つまり覗きを決行しました。
なんでも、欧米ではピーピング・トムというらしいですな。これも一種の病気だそうです。
仕事を終えると、一目散に帰りました。そして、いつもの場所につくと、窓に近付きました。妻はいつものように小説を読んでいます。

ロウソクをともし、最初は机に向かっていたものの、そのうちに、ごろりと横になり、背中をぼりぼり、自分の股ぐらをぼりぼり、そして、寝返りをうったかと思うと、おもむろに、プップーッ、屁を2発。
私は、嬉しくなり、白墨で家の壁の『正』という字に2本、線を加えました。
こんこん…。

 

Posted on 2018-10-03 | Category : ブログ | | 5 Comments »
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コメント5件

 逃亡成功者 | 2018.10.05 22:00

純文学の中の滑稽さ、みたいな雰囲気が好きです^^

せんちさんの以前描かれた可愛いイラストとは無関係なのでしょうか( *´艸`)

 せんち | 2018.10.06 16:57

いえ、これはイラストとは関係ないんですよ。
絵本。。。作ったことがあるのですが、さがしてみます。

 きびなご | 2018.10.06 18:26

妻の証言を追っていくと、ホラーっぽい印象がします。
「こんこん」は気持ち悪そうです。
夫の証言を追っていくと、なんかこう悪趣味だなーと感じる一方で、どうも憎めない印象も持ちました。
読者からしたら「こんこん」の音は夫の悪趣味から始まってる事が分かるので「奥さん!旦那旦那!」って言いたくなりました。
全体は同じ時間軸で起こる出来事「こんこん」に対して、妻、夫の思考や心理を追えたりして面白かったです。
正の字を書き込む時の「こんこん」と×を書き込む時の「こんこん」は夫の気合が違いそうなので音も違ってるのかなー。

 せんち | 2018.10.06 18:48

>「奥さん!旦那旦那!」って言いたくなりました。

志村~うしろ!うしろ!みたいな感じですね(笑)

 きびなご | 2018.10.06 21:53

せんちさん

まさにそのトーンで突っ込んでました。
しむらー!笑
一方で僕は言いたがりのお節介な面があるなと思いました。

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